「もしそうできるなら、広島の呉に住んでみたい」
先日、高校の頃の後輩の家に遊びに行く機会があった。
彼の家はお寺で(ということはつまり彼は坊さんをやってるんだけど)、
寺の事務所を立て替えるというので、立て替える前の建物を見学させてもらおうという趣旨だったのだ。
家に招かれ、話をしている間に、こんな話題になった。
君たちの家族は、何世代前からこの土地にきたの?
私の曾祖父さんの頃ですね。
最初からこのくらい広い土地を持ってたの?
持ってるというか・・・、正確にはこの寺を運営していくという約束のもとに住まわせてもらってるだけなので、所有地というか社屋ですね。
もしも私が寺を継がないとなったら、出てかなくちゃいけません。
彼はその話の最後に、
「坊主として生きるということは、一生ここで生きるということなんです。」
と言った。
そこでふと、家に入るときにひとこと挨拶した、彼のご両親のことが頭によぎった。
彼が坊主としてその寺を継がないということは、自分だけでなく、両親の住む場所さえもなくなってしまうということを意味するのだった。
自分だけならまだしも、そして寺を継がない他の兄弟のことだけならまだしも、人生をそこで過ごしてきた両親に、その家を出て別のところで生きるように強いるのは心情的に難しいだろうと思った。少なくとも、今からでは。
私の親がそうであるように、彼の親も、他の土地に行ってこれから新しい人生を構築するには年をとりすぎている。
これから一生、決してここから出て行かない、と決まった人生を送るというのはどんな気持ちなんだろう。
と、聞いてみたかったけれども、そこまで聞けるほど親しい仲でもないので、代わりの質問を投げた。
別の仕事をしてみたいと思ったことはないの?
そう聞くと、彼は考えるために首をかしげて視線を外し、少したってからこう答えた。
他の場所に住んでみたいと思ったことはあります。
もしそうできるなら、広島の呉に住んでみたい。
呉には何があるの?
海から山にいたる坂道があるそうです。その坂道にある家に住んでみたい。